自治体キャリア通信をお届けしますVol.2
どこにいても、どんな役割でも。「想い」を持って向き合う姿が、ほんとうの活躍だ。
「誰もが活躍できる職場づくり」―こうした言葉を耳にする機会が増えています。私もこのテーマに現役時代から向き合ってきました。
2025年7月、女性活躍推進法の期限が10年間延長されました。女性管理職比率の目標は掲げられていますが、女性管理職率は都道府県平均14.1%(2025年3月)、市区町村で18.6%(2025年6月)と現状はまだ道半ばです。制度面に目を向ければ、自治体ほど働きやすい環境が整備されている職場は少ないとも言われます。育児休業や時短勤務などの制度も充実し、門戸は平等に開かれているはずです。それでも、登用は思うように進みません。
そんなときに出会ったのが『女性公務員のリアル』でした。著者である佐藤課長は、研究という形でこの構造に向き合っています。そしてインタビューを通して見えてきたのは、「女性の配置」が示しているものの大きさでした。
それは女性活躍の話にとどまりません。単なるジェンダー理論にとどまらず、公務という組織が何を重要とみなし、どの仕事を周辺化してきたのかという、より根源的な問いです。佐藤課長に、研究への想いと気づき、今、職員に伝えたいことを伺いました。

川崎市多摩区役所まちづくり推進部企画課長 佐藤 直子(さとう なおこ)さん
川崎市多摩区役所まちづくり推進部企画課長 佐藤直子(さとうなおこ)さん
Q.このテーマを、あえて研究として取り組もうと思われたきっかけを教えてください。
直接のきっかけは、母が亡くなったことでした。少し区切りのような時期を迎えて、自分の人生を考える時間ができたんです。それまでもやってみたいことはいくつかあったのですが、どこか自分の人生を生きられていない感覚があって。いい機会だから、いろいろ試してみようと思いました。
研究テーマは最初から決まっていました。幹部職員のキャリアパスが男女で違うということは、現場で働く中で明らかだと感じていましたから。知っていることを書きたい、という思いでした。
研究がどういうものかもよく分からないまま大学に入りました。社会人として両立しやすい環境として放送大学を選びましたが、テーマだけははっきりしていました。
Q.同時期に他にもパワフルにチャレンジされていたということですが。
小説や脚本にも興味があってスクールに通ってみたのですが、人と人との関係性から物語をつくることが、私には難しかったですね。向いていなかったと思います。
研究は続けられました。自分にはこちらの方が適性があったのだと思います。
ー個人的な転機から始まった挑戦でしたが、選んだテーマそのものは以前から抱き続けていた問題意識でした。幹部職員のキャリアパスは、本当に男女で同じなのか。その違和感を、経験談ではなく構造として示したい―そんな思いがあったようです。
Q.経験として何を見てこられたのでしょうか。
幹部になった女性の先輩方が、すごく苦労されているのを見てきました。いろいろ言われるんです。良くないことも。
全くできていない、というようなこととか。強く出れば“強権的だ”と言われるし。どちらにしても、まともな評価にならないことが多いと感じていました。
―周囲からの冷ややかな評価。厳しい現実です。
私が調査した1980年前後入庁の女性区長(政令指定都市の行政区の長)の場合はほとんどが、係長に昇格する頃に突然、現場から抜擢されていました。十分な経験を積んだ男性と同じ土俵で比較されて、結果だけを見て評価される。それは無理があるのではないか、と見ていて思いました。
それでいて30%目標と言われても、周囲の言動を聞いていると『無理だ』という声も少なくありません。もし本当に無理やり登用しているのだとしたら、意味があるのか、という疑問も出てきます。
誰もこのことについて語ることもないし、世の中に知られていないなと。私が研究に取り組もうと思った時には先行研究もほぼなかったですし。女性同士の会話でも、経歴が全然違うよね、という核心に触れる話は出てこない。言いづらい雰囲気がありますよね。
自分の中でも整理しきれていなかったので、きちんと言葉にして書きたいと思いました。
ー当事者のあいだでさえ明確に言語化されてこなかった違和感。それを構造として示そうとした点に、この研究の大きな意味があるのではないでしょうか。多くの女性が心のどこかで感じながら、言葉にしきれずにきた感覚を、研究対象として捉え直す。その発想そのものが、極めて示唆的です。
Q.研究を始めた当初は、「言語化したい」という思いが中心だったのでしょうか。
そうですね。分かっているつもりではいたけれど、それを形にしないといけないと思いました。自分の中でも整理できていなかったので。分かっていることは、幹部職員の男女のキャリアパスが違うということだけで、その後は“やってみないと分からないこと”ばかりでした。本を読んで、データを集めて、自分で分析して、インタビューもしていく中で、知らなかったことがたくさん見えてきました。
Q.研究において新たな発見はあったのでしょうか。
まずは、男女のキャリアパスの違いを明確に論じられるかということが工夫のしどころだったのですが、内閣府の公開データを使って、少し見せ方を変えて整理してみました。「地方公務員のリアル」を出版する前の投稿論文で分析したんですが、政令指定都市を、本庁一般事務職、本庁専門職、出先一般事務職、出先専門職の四つに分けて、女性管理職がどこに多いかを比べてみたんです。
そうすると、本庁の一般事務職に、女性の管理職が圧倒的に少ないということ、そして出先に女性管理職が多いことが、はっきりと見えました。古くからある政令指定都市ほど、同じ傾向が出ていることが分かりました。
ジェンダー論や、女性と労働の歴史、国際的な勧告なども、正直それまで詳しくは知りませんでした。本を書く過程で初めて学びました。
ちょうどコロナ禍で、全国の自治体職員がオンラインでつながっていた時期だったんです。フェイスブックやZoomで交流があって、アンケートも取りやすかった。そこで話を聞いていくと、ほぼ同じような状況がどこの自治体にもあることが分かりました。
細かい土地柄の違いはあります。観光が強い自治体や工業地帯など、それぞれ特徴がありますし、ヒエラルキーの位置づけが多少違うこともあります。ただ、“重要か重要ではないか”という組織の価値観に基づいて、女性は配置されているということです。
ー男女のキャリアパスの違い、配置の偏り。研究は次第に、個人の違和感を超え、公開データの再分析、投稿論文の執筆、そして書籍化に向けた追加調査で裏付けられていきます。
Q.女性活躍が進まない理由として、家事や育児との両立の問題がよく挙げられます。ただ、佐藤課長は「育成の段階から違いがある」と指摘されています。それはご自身の経験からでしょうか。
そうですね。自分の異動を振り返っても、やはり差はあると感じていましたし、幹部職員、区長になった女性の配置のされ方を見てきました。
20年近く庶務や窓口を担当していた方が、ある日突然抜擢されて、本庁の中枢部署に異動になって、そのまま昇格していく、というケースです。これまで現場にいた人が、突然、政策だの行政改革だの言われても厳しいわけですよ。それがあからさまだったわけです。
修士論文では、1980年前後入庁の区長たちを分析したんです。1985年に男女雇用機会均等法ができて、その後男女共同参画基本法ができて、2003年に国の女性管理職30%目標が初めて掲げられました。その頃に係長世代だった女性たちが、幹部へと上がっていきます。この頃から一般事務職の女性の抜擢が始まっていることが分かりました。それ以前は、教員や保健師、栄養士などの専門職が最高職位に就くことが多かったのです。
Q.抜擢というのはどういうことなんでしょうか。試験はあるのですか。
川崎の場合は、係長にあがる時に昇任試験があります。今は主任になりましたけれど。
博士論文で書いたんですが、要は、その人事制度の中にジェンダーバイアスがあるというか。人事処遇制度が組織の価値観を内包していて、それが反映されやすい運用をされている、制度も運用もですね。
地方公務員法によれば、昇任する際は、人事委員会があるところは、人事委員会、第三者による選考が行われなければならないという風になっていますが、但し書きがあって、結局のところは任命権者による選考ができると解釈ができるようになってます。要は、推薦が前提になります。
制度上は公平とされていますが、実際には、誰が評価する側のコミュニティに接続しているか、組織の中でそこに配置されることで「能力がある」とみなされる部署を経験しているかが影響します。
ーバイアスは無自覚のうちに作用するからこそ、物理的・制度的な設計によってしか抑制できないものです。育成の段階で与えられる経験に差があり、評価が推薦や関係性に依存し、透明性が感じられないとすれば、それは本当に中立と言えるのでしょうか。
Q.女性活躍推進が数字のためだけに動いているように見える、ということが正直あります。本来は政策に多様な視点を入れるためのもののはずなのに、なぜこんなに進まないのでしょうか。佐藤課長のお考えは。
管理職比率だけを見ると、民間のほうが低いですが、企業は利益をあげるインセンティブに動かされて、女性をマネージャーにあげる行動を公務セクターよりはとっているといえるかもしれません。公務労働では、女性管理職比率目標のために、「女性管理職を置ける場所」をさがして配置していることが研究からわかりました。
アメリカやドイツの話ですが、専門性の高い仕事を複数人で担う設計をしているケースがあります。だからライフイベントに合わせて勤務時間を調整することができ、家庭内役割を多く担う女性も管理職ポストにつきやすい。日本では、短時間勤務の職は非正規化されたり、専門性が低く見られたりします。アメリカのように、高給で代替可能なポストとして設計されていません。
ドイツでは、管理職ポストを二人でシェアしたりします。その管理職二人がそのポジションについていることで利益を上げられると判断すれば柔軟な設計をするからです。
公務セクターでは、歳入を上げるための最適配置といった発想には、債権回収の部署などを除いて結びつきづらいですし、最も重要視されている制度や仕組みづくりは、一部の職員にノウハウが集中している。市民対応は、制度運用に大きな間違いがない限り、結果としてうまくやれなかったとしても、職員個人の責任として説明できる余地があるし、十分対応できなかったかどうかは受け取り方の問題にもできるので、「成果」としては重要視されない。ある意味、現場での市民対応は結果を問われにくい、行政運営には大きな影響がないということになってしまうので、市民対応をするための「最適配置」という考え方にはなりにくい。だから、基本的にはどのような部署でも、無理が利く人に負荷を集中させて回すほうが“効率的”だという運用になりやすい。やれる人で回すのが一番早い、という発想です。
さらに、公務は庁内調整が非常に重く時間がかかります。実際、庁内調整の煩雑さが嫌で辞める人もいます。庁内での意見交換が実のあるものであればまだしも、「意見を聞いた」というアリバイ作りのような仕事が苦痛という理由です。また、庁内調整は、お互いの顔が見える関係性、お知り合いでないと自分たちが思っているとおりに進まないこともあります。こういう背景もあって、庁内調整の場に女性を入れたがらないということもあると思っています。
ー“やれる人、内部事情を汲める、分かる人に負荷を集中させるほうが効率的”という運用だとすると、そこに男女の昇進の構造上の問題が見えてきます。
研究で分かったことは昇進構造が男女で全然違うということです。入庁して主任になるまでの年数は男女で同じなのですが、すでに主任になる前から、配置される部署には差がついています。その後、どういう部署を経て、どう上がっていくか。そこを比較すると、制度は一つなのに、まったく違う動きをしています。
“能力の社会的構成説”という考え方があります。能力というのは、その人が本質的に持っているものだけではなく、社会的関係性の中で“そう見なされる”ことで形成される、という考え方です。
例えば、景気が良い年に有名企業に入社した人は、能力が高いと見なされる。でも不況の年は採用人数が減るので、理論上まったく同じ能力を持つ人でも入社できなければ、能力が低いと見なされる。能力の評価は、需要や構造に左右される。
―氷河期世代は痛感しています。
そうですよね。そして、これは先行研究でも分かっていることですが、男性には出世コースがあるわけです。その出世コースを経験している女性はいません。まずはどこに配置されるかとか、昇進構造が違うことで能力の見え方が違ってくるということが言えるわけなんです。性別でカテゴリー化された処遇となっている限りは、女性の方が昇進していった場合の配置の不確実性が高いわけです。
最近はキャリア前半の女性職員の配置は多少変わってきました。でも、最終的に管理職に到達する頃には、組織内での価値規範を線引きとした性別職域分離があるために、その影響を女性が受けやすいです。
ー出世コースに配置されない女性は、能力を証明する機会そのものを与えられないということになります。出世コースから排除された時点で、評価の可能性もまた制限されることになる。同じ制度の中にいながら、男女が別のゲームをしている―その構造こそが、見えにくい格差の正体なのかもしれません。
Q.これまで女性活躍推進というと、育児休業制度の充実や働きやすさの整備ばかり語られてきました。それはもちろん重要ですが、ブランクが長くなればなるほど経験が積めず、重要ポストから遠ざかるという指摘もあります。これまでの話を踏まえても、かえって中枢から離れる構造になっている気がします。
そうですよ。女性管理職については、30%目標がありますから、どの自治体も増やそうとはしています。実際、数は増えています。でも平均でまだ20%にも届いていない。現在の組織の価値規範に影響される性別職域分離がある限りは、相当難しいんです。3割は頑張れば数字としては届くかもしれません。周辺と見なされている職務から増えていきます。しかし、3割に到達したところでストップするとみています。
早期選抜で育成される、ということが女性にはありません。現在の自治体組織の価値規範において、早期選抜で育成される職務だけに価値があると私は思っていませんが、女性管理職を増やす前に、どう育てるかが重要です。
女性管理職を増やすこと自体は、もちろん重要です。ただ、本当に問うべきなのは、その自治体がどの仕事を重要だとみなしているのかということが、女性管理職がどこに配置されているか、さらには非正規職員がどこに配置されているかを見ることで、はっきりと表れるということなんです。
Q.女性が配置されているところは重要とみなされていないということなのでしょうか。
研究から言えることは、女性は組織の中で“周辺化”された領域に配置されやすい、ということです。博士論文で、非正規化も、組織で「非正規にしてもよい」と考えられている「周辺的な」領域から進んでいることを明らかにしました。
女性は市民生活の援助、役所の内部事務といった現場業務に多く配置されています。性別職域分離や非正規化の理論枠組みで公務労働を検討すると、組織を動かしたりとか、政策を作ったりとか制度を作るとかっていう仕事が上位で実行段階の業務は低位と位置づけられているといえます。もちろん、どんな組織でも意思決定の重さや責任の違いがあるのは事実です。
ただ、女性の配置を通して見えてくるのは、行政が何を重視しなければいけないのか、ということです。
Q.最初からそんな結論に行き着くと想像していましたか。
博士論文を書く過程で、だんだんつながっていきました。ジェンダー論では、周辺に置かれている人を見ることで、中心がどこにあるのかが分かると言います。女性の配置を見ることで、組織の中心がどこにあるのかが見えてきます。
女性の管理職を見ていくと、配置される分野が極めて限定されていることが分かります。近年は、キャリアの前半から女性を配置しやすい分野に配置されていた女性は、比較的スムーズに管理職として普通に機能できている。一方で、そうではないケースもあります。
管理職になったあとに、いわば“女性向け”と見なされるポストに突然配置される場合です。
後者では特に、インタビューで分かったのは、管理職でありながら、自分は組織の中心で機能していない、と感じている人が非常に多いということです。
本庁の一般事務職の女性管理職に聞き取りを行ったところ、半数以上が「自分は機能していないと答えたという。それは本人にとっても、組織にとっても深刻な事態だ。
そんな女性管理職を増やすぐらいだったら増やさない方がいいって思うくらいです。だから、女性のエンパワーメントを考えると、機能させるような配置で管理職に登用しないといけないよね、ということですよね。たまたま女性でもできそうな所が空いたから、そこへはめる、みたいなことではなく。
Q.課長ご自身は、最初から管理職を目指していたのでしょうか。
いえ、全然。いつしか組織の競争構造の中に巻き込まれていった感じでしょうか。積極的に試験勉強をしたりということはなかったです。ただ、若い頃から問題意識は色々あって。「どうして、これをやらなきゃいけないの?」とか、「なぜ、こういうやり方なの?」みたいなこととか考えがちでした。いつしかそういうことを考えたり、言ったりしていると自分の首を絞めるというか、辛くなり始めた時期がありまして。その時は十年間ぐらい自分の意見を言わなかったですからね。黙っていました。
トップダウンでやる仕事などは、そういう発言自体が……言ったらやられるような。そこからはもう意見なんか言わなかったです。
途中からは本当にどこへ行っても一からやり直し、みたいな異動が続いて。全然積み重なっていかない感じがあって。そうなってくると、発言もいちいちしなくなるわけですよね。
だから、まあ……そういう中で、そがれていく、っていう感じですかね。
ー「そがれていく」という言葉は、あまりにも切なく、苦い響きを持っている。それでもなお、「自分の頭で考えることを手放すな」と語るその姿勢に、静かだが揺るぎない強さを感じる。
本当に、そういうのはもう疲れちゃったっていうのもありまして。母親が亡くなったりとかして、色々あって、今の活動を始めたっていう感じですね。
Q.冒頭で「自分の人生を生きられていない感覚があった」とおっしゃっていました。それは、女性の処遇と関係があるのでしょうか。
というよりも、やりたいことが明確にある人は、公務員という仕事は続けにくいのではないかと思います。
ーというのは。
これがやりたい、これでなければ、という人は、たぶん辞めていると思います。私の周りを見ていてもそう感じます。
Q.何でも柔軟に対応できる人、言い換えれば何をやってもやる気が出るというか、目の前に来れば意味づけできる人という感じでしょうか。
そうですね。目の前に与えられた仕事に意味づけをしてこなせる人。私もそうだったと思います。目の前に“これをやりなさい”と提示されれば「やることができた」というかんじだったので。
ほどほど、が大事だと思います。異動しますので、その個人の資質や働き方でなければ替えがきかないという仕事をつくりあげるのも問題がありますし、そういう意味で、個人の思いをぶつけるのに適した仕事ではないように思います。だからこそ、一定の距離感を保てる働き方ができる職場であることが健全なのではないでしょうか。
公平・公正を重んじる地方自治体は異動が前提です。何かに固執すると居られなくなるという現実があり、「役割に応じる」柔軟さが求められます。それは制度の中で機能するための適応力とも言えるのかもしれません。
Q.今回まとめられたことで、佐藤課長ご自身の公務員としてのあり方や見え方が、変わったという感覚はありますか。
ええ、それは本当にそう思っています。これまで、当然のように「新しい事業をつくる」「制度をつくる」「庁内調整をする」といった仕事が主に評価の対象になってきました。でも、その評価のあり方自体が、役所の組織運営をマイナスの方向に導いている側面もあるのではないか、と感じています。
たとえば、特定の職種が結果として非正規化されてしまっていることで、その仕事を「安い仕事」にしてしまう。それは役所の中だけの問題ではなく、社会全体としてその仕事の価値を下げることにつながっています。そうなれば、「そんな仕事、誰がやりたいのか」という話になりますよね。
人事・処遇制度は、職の価値の見え方をつくります。地域や社会がその職務をどう評価するのか、その土台をつくっている。だからこれは自治体内部だけの話ではないわけです。自治体の仕事のあり方、人事・処遇制度のあり方は、いま見直すべき時に来ていると思っています。
Q.今後は何をどのように進めていきたいとお考えですか。
日々、市民を支える仕事、対面であれ事務であれ、本当に重要なんです。そこが軽視されるから、事務ミスにもつながるし、一部の人だけが過重に負担を背負うことになる。
現場で何が起きているのか、なんとなく分かっているようで、実は見えていない。
これを、研究として可視化できるのではないか、と考えています。
人事制度が現場にどんな影響を与えているのか。それは非常に重要なテーマです。
また、現在の仕事は、現場の意見を取りまとめて本庁と意見交換することなので、実務でも現場の仕事の価値や実情を建設的に行政運営に反映させていきたいです。
さらに最近感じているのは、市民に無償で地域の仕事を担わせる発想が広がっていることです。軽視されてきた現場仕事を束ねて、「地域でやれますよね」と投げる。そしてそれを制度化し、事業を創ることができる職員が「優秀だ」と評価される。
「お金がないから、みんなで無償で支え合いましょう」という。しかし、本当にお金がないのでしょうか。その仕事は無償でいいと考えているだけではないのか、それを無償でできる人とは、どういう属性の人なのか。その前提で成り立つ社会とは何か。労働という形にすることで社会にとってよい循環となる可能性もあるのではないか。そこまで考えていないように見えます。これは国の制度も大きく影響していますが。
発注する側、市民を動かす側が偉い、という感覚が、人事・処遇制度で何が評価されるかによって、知らず知らずに醸成される。 それも制度の帰結です。そういう制度の中で、そういう職員が生まれてしまうわけです。
ー佐藤課長がご自身を「女性活躍」の文脈だけで語られたくないという所以ですね。
今のような話は、女性や非正規を分析したからこそ、組織全体の構造や価値観が見えました。自分の頭で考えられるようになった、という感覚はあります。
今後は、「女性が担ってきた公務労働とはどのような性質のものだったのか」とか、「昇進しない働き方が、どのような条件なら持続可能なのか」とか「どのような人事・処遇制度が持続可能な行政運営をつくるのか」とかそういうことを、ジェンダー分析の手法を取り入れて、研究したいですね。あまりにも日の当たっていない部分です。
ー最近いわゆる「静かな退職」と言われる人々について。育児、家事を担うケア就業者40代、50代の女性に多いそうです。その期間はそうならざるを得ない。初めから意欲がないとか、そういう話ではなく、静かに過ごすことでしかやれないのでは、と思います。
そうですね。私は、それでいいじゃないかと思っています。 周囲が勝手に「静かな退職」と名付けているだけではないか、と。淡々と仕事をする人がいるから組織は成り立っているわけですよね。
先ほどお伝えしたように、どこに労力をさくのか、なにを持って「バリバリ」働いているというのか。計画づくりや大量の資料作成に労力を費やすことが、本当に市民のためになっているのか、ということですね。
Q.これから昇進していくであろう女性たちはどうすればよいのでしょうか。声をかけてあげられるとしたら、どのような言葉でしょうか。
そもそも、活躍しなきゃいけないんですか、って思うんですよね。
―活躍というのは、つまり管理職に上がること。
そう。別に、そうじゃなくてもいいんじゃないかと。自分を削ったり、無理をしたり、蓋をしなきゃできない職位なら、そこに無理して向かわなくてもいい。
昇進する人が表向き、評価されるということになっていると思うんですけれども、 実際は、昇進しない人たちが現場を支えている部分もあるわけですよね。同じような仕事を何人もが担っている職場はたくさんある。でも、そういう人たちは「一律の集団」として、やってもやらなくてもよほどのことがない限り、大枠では同じような評価をされていると思います。
今は、政策を考える人も、現場で支える人も、同じ枠組みで評価されています。まずは人事評価制度を見直さないといけません。
ー女性に対しては、まずは「昇進だけが道じゃない」と伝えたい。そこには、無責任に「上を目指せ」とは言えない佐藤課長の想いが滲みでています。同時に、意思決定の場に入ることの意味も否定していません。
管理職になることにも意味はあるんです。職位が上がれば、何がどう決まり、どう社会が動いているのかが見えます。意思決定の場に、自分の意見を持ち込むことができます。今は、似たような価値観の中で認められて上がってきた人たちが物事を決めていますから、これまでとは違う道をたどってきた女性が意思決定の場に入ることには、やっぱり意味があると思います。
現実には、昇進している女性の多くが組織に“馴染んだ”人でもあります。もちろん、馴染んでいるから昇進できるわけですけれども、少しづつ変化というか、違うアプローチを意思決定の中に取り込める可能性は秘めていると思います。
Q.組織の中で生き残っていくには、ある程度は内面化する必要もありますよね。全部自分の独自性で、というのはなかなか難しいのかなとも思うんですが、「こんな思いがあるなら一緒に頑張ろうよ」と言える部分はありますか。
やっぱり、自分が今やっていることを疑ってほしい、と思います。組織から求められていることは察知しなきゃいけないし、私もそうしてきました。でも、「それをそのまま自分の考えにしてしまっていいのか」「これは何を意味しているのか」ということは、きちんと考えたい。
「首長が言っているからやる、偉い人が言っているからやる、影響力が強い人が言っているからそちらに寄る」ではなくて。「それは本当はどういう意味を持つのか、自分はどう思うのか」そこを自分の頭で考えられる人が増えてほしいですね。
ーそれは女性だけの話ではないですよね。
もちろん。でも女性のほうが、ある意味やりやすいと思いますよ。完全に“仲間”の内側にいるわけじゃないから。少し距離がある。その分、一歩引いて見られる立場でもある。
ーそうなるには強さが要りませんか。
強さを何ととるか分かりませんが、私は勉強かなと思います。本を読んだり、専門家の話を聞いたりしていると、物事を自分の中で吟味できるようになる。そうすると「どこから風が吹いているか」で決めるんじゃなくて、自分の中で判断できるようになると思います。
ー最後に職員のみなさんへ。
数字を積み上げることだけが女性活躍ではありません。
管理職比率を引き上げることだけが解決でもありません。
本当に大切なのは、政策をつくる側であれ、現場を動かす側であれ、住民生活を支える地道な努力が正当に評価されることです。
それこそが、多くの自治体職員の「やりがい」を支える土台であり、女性の活躍もまた、その延長線上にあるはずです。
地域の課題に真摯に向き合い、解決に挑もうとする職員の皆さんには、ぜひ「自分のキラキラ」に気が付いて欲しい。昇任だけが活躍ではないけれど、そんな職員のみなさんに上を目指して欲しい。
意欲ある職員の皆さんが自らの強みを発揮して活躍し、誇りを持てる組織へ。その実現に向けて、これからもそんな皆さんを勇気づけられる存在でありたいと思います。

